【創作】松田(2)

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夜が過ごしやすくなった頃、勇気あるひとりの通知を皮切りにぽろぽろとグループから知らない名前の退出者が出た。まさかと思った一瞬波打ったきり、それらしい名前が無いと分かればわたしの心は何人消えようが穏やかに凪いでいた。




「うっわ、ミズキさんと乾杯できるとか今日めっちゃラッキーかも」

「や、そうでもないって。だんだん有り難み薄れてくから。乾杯の」

1年のメンバーが固まったと聞いてそろそろ人並みに人間関係を構築しようと行動に移した夜。飲みの席に慣れてきた後輩たちが久しぶりに参加するわたしを囲うのは覚悟の上で、むしろ親睦を深めるチャンスとさえ思っていたけれど、当たり前のようにわたしを名前で呼んでくる後輩たちにところでごめんと改まってひとりひとり名前を尋ねる勇気は無かった。辛うじて分かる顔ぶれ達は、いいなミズキー、と遠巻きに野次を飛ばしてくるだけマシで、目の前のコップを誰が空にするかで頭をいっぱいにしていた。

誰のことも分かっていない輪の中で、その場の雰囲気を崩さないことだけに脳みそを使った。そのせいか、会話の中で拾ったはずのそれぞれの名前も次の瞬間にはどこかに行ってしまう。迂闊に話せない状況下、わたしはコップを口に運び続けた。久しぶりのレゲエパンチは過去の記憶以上に美味しくなかった。


結局誰のことも名前で呼べないまま、トイレを口実に見知ったメンバーの所へふらふらと避難するはめになってしまい、さっきの様子で察してくれていたミキと代表が寄ってきてそのまま小さな輪っかでゆっくりと飲み直した。その場にいる者同士で楽しむという習性のため、しれっと抜けたわたしを後輩が追っかけてくるようなことは無かった。2人が、さっき特によく話しかけてくれていたという右隣と正面にいた子の名前を教えてくれたけれど、その時のわたしには呪文にしか聞こえていなかった。




少し痛む頭に手をやりながら起き上がり、溜まった未読に目を通しながら、顔を洗う。

見慣れた空間、自分の部屋。昨日の記憶はあそこでぷつりと途切れているのに、まったく帰巣本能とやらには感心する。きちんとメイクも落としてあるあたり、褒め讃えたいとさえ思う。

しかし次の瞬間、同期だけというポリシーでやっていたはずのSNSに後輩(らしきもの)数人と、どさくさに紛れて先輩数人の相互フォローが増えていたことに気付き、自己嫌悪が逆転勝利した。ポリシーが崩れたのもそうだが、何より恐ろしいほど記憶に無かった。あられもない姿の自分が誰かの動画に居たらどうしよう、という焦りが大きかった。

血の気が引くのを感じつつ片っ端から皆の更新を確認するも、ひとまずそれは大丈夫そうだったので、再び頭に手をやる。二日酔いだ、というところに無事思考が移った。


熱々の味噌汁が身体中に染み渡るのを感じながら、そういえば誰かをフォローするのは久しぶりだと、新しく増えた面々の投稿をざっと見てみる。ただ撮っただけの食べ物が並んでいる人、色調が合わせられていて統一感がある人、こだわり無くその時その時のベストショットが連なっている人。

今自分が誰の投稿を見ているのかも解っていない無意識のスクロールとスワイプの中で、とある投稿の4枚目の、ブレブレの人物写真でわたしの指は何かに阻まれたようにビタリと止まった。

知ってる顔だったからか、知らない表情だったからか。そこにはカメラを避けるように、伏せがちに笑う松田が写っていた。


一拍置いて次の写真に進むと、5枚目に猫背がちょっと見切れるくらいで、他はそれっきりどの投稿にも姿を見せることは無かった。結構な量の写真に全て目を通した後で、自分のホーム画面に戻り一息つくと、頭の端には案の定さっきの顔がちらついた。

あれが誰による、いつの投稿かということに全く興味が無かったのは本当だった。けれど、割と序盤にひょっこり現れたあいつを、数ある写真の一枚としてただの一瞥で済ませたのは確かに強がりだった。もうちょっと見ておくべきだったかな。疲労感たっぷりのわたしにさっきの写真をまた一から探す気力は残っておらず、それをいいことに本音が今更沁み出てきていた。

自分でも分からない何かに観念したようにスマホを置く。味噌汁はとっくに冷めきっていて、思い出したかのように少しの頭痛が戻ってきた。




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