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今日が3限からという理由もあって昨日の飲み会に参加したのだけれど、久しぶりの飲酒は地味に効いていた。なんだかんだでギリギリに家を出てしまい、二日酔いの身体をシェイクして電車に乗ることも躊躇われたため、結局開始時刻ぴったりの時点でわたしはまだ学校の敷地内にも入れていなかった。
途中参加も諦めたので歩くモードを切り替え、時間を潰すように足を動かしながら、自分は酒に強い方ではなかったことを思い出す。最後に出席した新歓の時期の飲み会は、新入生にマイナスイメージを与えないよう“他人に注ぐのはジュースだけ、自分の酒は自分で”が徹底されていたため、深酔いをすることが無くすっかり忘れていた。
ただ昨日は自分のペースが乱れただけで特に強い酒を飲んでいた訳でもなかったため、身体の不調といっても辛うじて動ける程度であり、それが逆に辛い部分でもあった。いっそ起き上がれないくらいに気持ち悪ければ家でじっとしていたのに。
あと1時間でどこまで回復できるだろうと考えたところ、いつぞやにカラオケオールで飲み続けたという同期4人がげっそりした顔をして、学内の共用スペースでコピペしたみたいに揃ってウコンドリンクを飲んでいた姿が思い出された。当時も大爆笑したし、今思い出しても滑稽な映像なのに、クスリとも来ない自分は相当体調が悪いらしい。
大学の敷地内に入った足は回復薬を求めてゆっくりとコンビニへ向かった。
美味しそうだからといった理由でちょっと高いパイン味を買ったものの、やはりウコンはウコンだった。
朝に味噌汁を飲んだきりだったので、飲みこんだドリンクが胃に流れ込むところまで分かった。と同時に、空腹ってあまり良くなかった気が、という根拠の無い情報が現れる。コンビニ前に停まっているキッチンカーの行列がいつもよりずっと短いことに気付いたせいかもしれない。
見てみると今日はタコライスの車だった。ローストビーフ丼やオムライスなどに比べて野菜が多くさっぱりと食べられそうで、本日の昼食が無事に決定する。
確か次の授業の教室は今空いており、そこから合流する2人がお昼を食べているはず。教室いる?と確認のメッセージを送り、短いとはいえそれでも10人は並んでいる列の最後尾にまわった。
列に並ぶことは滅多に無いので、この角度で学内を見ると奥まったところに喫煙所があった事に初めて気づく。その隣には自販機があり、そのまた隣のコンクリートに浅く腰掛けるひょろりとした人物は、見慣れた猫背をしていた。
ワンキャンパスとはいえ、サークル以外で松田の姿を見るのはこれが始めてだった。呆けたように空を見つめ、手に持ったペットボトルのキャップを外し、その飲み口をじっと見つめて、一口飲む。ゆるゆるとキャップを閉めて、また呆ける。
わたしはまるで別の生態、動物園の展示を見ている時のようにわくわくした気持ちで松田の一挙手一投足を観察していた。
二択なら恐らく草食動物であろうその姿は、くつろぎ具合から既に昼食を取ったあとだと推測される。喫煙所の近くにいるという事はタバコを吸うのだろうか。
わたしの思考は完全にタコライスから離れており、一瞬のうちに自分の注文の番がやってきてしまったことでライス少なめと温玉トッピングを伝え忘れたプレーンな昼食が渡された。
列から投げ出されたわたしが空いたベンチを見つけると、同時にスマホが震えて『教室いる!あさぴとお昼してるよ~』といったさっきの問いへの返事が届いた。そうだった、と次の授業がある6号館の方へ踵を返す。
お茶を買わなくちゃと思っていたのだけれど、向かう途中の自販機で買うことにした。そのことに少しほっとしたのはきっと逃げ道ができたからで、やつが隣に腰掛けるあの自販機へ飲み物を買いに行く勇気がまだわたしには無いということの表れだった。
見切れる直前でもう一度、さっきの場所を振り返る。松田は見つけた時と全く同じポーズで陽の光を浴びていた。
6号館の手前で自販機を見つけ、お茶のボタンを押す。ペットボトルを取り出すと、さっき観察していた飲み物を飲む松田の姿が再生された。動物みたいにまったりとした動きで、キャップを外し、飲み口をじっと見つめ、飲む。
その動きを再生しながらふと、飲む前に飲み口をじっと見つめるのは何故なのかという疑問が浮かぶ。答えは見つからない、どころかその理解不能な行動が急激に可笑しさとなって押し寄せてきて、手で塞いでもクスクスと笑いがこぼれる。説明は付かないが、その無意味な行動が無性におかしくてたまらなかった。
こんなに笑ってしまうくらいに体調は回復できていたようだ。やはり高いドリンクを買っただけあった。
6号館は目と鼻の先だったけれど、しばらく続くであろうこの笑いを落ち着かせるため、わたしはさっきの返事にこれからお昼を買って向かうねと返して自販機横のベンチに座り込んだ。
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